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第四話 穢れと正義

Author: 景文日向
last update Last Updated: 2025-11-04 18:55:39

 日比谷侑検事。彼は、姿勢正しく座っていた。整った顔は、どこか浮世離れしている印象を受ける。

「桜田正義警部補、ですね」

 落ち着いた声で確認されたので、「はい」と答える。

「そう言う貴方は、日比谷侑検事。そうですよね」

「はい、僕の名前は日比谷侑。階級で言えば検事十五号です」

 検事には、階級がある。それは知っていた。数字が少ないほど上で、確か二十号からスタート。副検事でなく検事であるなら、それなりのキャリアがあるはずだ。だが、目の前の男は若々しい。若作りなのか、本当に若いのかの判別はつかない。油断をしたら、こちらが食われそうだ。

「何のご用件ですか」

 感情を込めず、そう問う。彼の眼差しから、温かさが消えた。

「桜田警部補、永田霞の件は覚えていらっしゃいますか」

 またその名前か。軽く頷き、先を促す。

「一回だけ、言います。彼を追求するのは、やめて頂きたい。新川先生と共同で捜査なさっていたこと。全て僕らは把握しています。これ以上は、貴方の出世どころか命にも関わるかもしれない」

 物騒な話になってきた。命、か。そこまで言われるということは、新川の言う通り永田霞に政治権力が絡んでいる可能性も高そうだ。

「……貴方は正しすぎる。そして、聡明だ。だからこそ、このようなことを言いたくないのです。ご理解頂けますか、桜田警部補」

 そう言われては、この場では引き下がるしかない。

「わかりましたよ、日比谷検事。もう、捜査はしない。そう約束すれば、問題ないのですね」

「はい。僕は貴方を守りたい。約束してくださるのなら、帰りましょう。僕も暇ではないので」

 日比谷検事は、そう言い残し部屋を出て行った。どこまでも掴めない、雲のような男だった。

 日比谷検事、か。何か引っ掛かるな。どうして彼が、新川のことを知っているのか。確かに新川は有名人だ。だが、ここは東京。弁護士なんて、腐るほどいる。それなのに知っていると言うことは、彼も裏社会と繋がりがあるのではないか。そう結論づけても、問題はないはずだ。

 だが、念のため新川に確認してみてもいいかもしれない。

 『日比谷侑検事って、知ってるか?』

 メッセージを飛ばすと、すぐ返答があった。

 『あいつとは付き合いが長い。何かあったのか?』

 俺が思った以上に、入り組んだ関係なのかもしれない。話を聞いてみても、いいかもしれない。

 『少しな。今日、居酒屋に来られるか?』

 『気になるから、行く』

 永田霞の話もしたいし、ちょうどいい。そう思いながら仕事に戻るも、当然平常心ではいられない。新川、日比谷。俺って、もしかしてとんでもないことに巻き込まれたのか?

 五反田の居酒屋に新川が現れたのは、俺が飲み始めて三十分ほど経った頃だった。

「新川、遅かったな」

「悪いな、残業で」

 いつも通りのテンションであることに、少しだけ安堵する。だが、すぐに気を引き締め直し質問を投げた。

「新川、日比谷侑検事とはどんな関係なんだ?」

「日比谷侑、ね。あいつの名前をお前の口から聞くとはな」

 一拍おいて、彼は語り出した。

「日比谷侑。あいつは俺の同級生だ。大学も、院も同じだった」

 新川の同級生で、検事十五号?

 新川はまだ、二十八歳。法曹のキャリアはかなり短い。同級生であるなら、日比谷のキャリアも短いはず。

 検事は副検事から始まるはずだから、この歳で検事十五号は異例の出世といっても過言ではないだろう。

「どこまでも官僚っぽいというかさ。俺は苦手だよ、あいつのこと。いつも優秀で、間違え方を知らない。多分、あいつも俺のこと苦手だと思うけどな」

「そうか……」

 確かに、水と油だろうな。新川と日比谷は。

 同級生なのであれば、お互いを知っていることにも納得がいく。新川は、まだ話すことがあるらしく再び口を開いた。

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